AI翻訳に関する私見(3)
- ito017
- 4 日前
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前回までのブログの内容を受けて、本稿ではAIエンジンが訳しやすい原稿(明細書)について書こうと思います。
私は、長年に亘り、様々な弁理士さんの手による明細書(和文)を英訳してきました。明細書は弁理士さん毎に癖のようなものがあり、正直に言えば、訳しやすい原稿と、訳しづらい原稿があります。
2017年1月のブログ「AIと原稿」で書きましたように、現状では、「人間の翻訳者が訳しやすい原稿」=「AIが訳しやすい原稿」と考えて差し支えないと思います。
もちろん「訳しやすい明細書」=「良い明細書」というつもりはありません。以下で推奨する明細書は、あくまで翻訳者の視点で考える「誤訳を誘発しない明細書」という点をご理解ください。
では、外国出願(翻訳)を前提とする明細書はどのように書くべきか。実はこの点については2017年5月のブログ「産業日本語」で紹介した「特許ライティングマニュアル(https://tech-jpn.jp/tokkyo-writing-manual/ )」に十分な説明がされています。「特許ライティングマニュアル」は私がブログを投稿した後、2018年に大幅に改定されています。Japioが発行するマニュアルですから、既に読まれている方も多いと思います。
しかし、「言うは易く行うは難し」という言葉の通り、実際にこのマニュアルに忠実に従って一本の明細書を書き上げるというのは容易ではなさそうです。完成した明細書と「特許ライティングマニュアル」をAIに提示して、「マニュアルに従って明細書を書き直してください」とでも指示すれば、AIに原稿を書き直させることは可能そうです。しかし、出願前の明細書をAIに読ませるわけにはいきません。
私が考える最も現実的な案は、センテンス(句点「。」で区切られる文)の長さを(例えば)原則100文字などに制限してしまうことです。100文字を超える文を指摘する程度のマクロであれば容易に作成できます。
実際の翻訳作業では200文字を超えるような長文に頻繁に遭遇します。400字詰めの原稿用紙の半分を超える長さの文です。個人的には、この手の長文を見ると、翻訳屋としての腕の見せ所なので、嬉しくなります。長い文を破綻なく書き切る弁理士さんの文章力に敬服することもあります。その一方で、文が長くなるほど構造的な瑕疵や不明な係り受けが増えやすいことも事実です。
「本発明の特徴は、鉛筆に消しゴムを取り付けたことが特徴である。(30文字)」これくらいの長さの文なら、「特徴は」の主語を「ことが特徴である」で受けるのは変だな、と一目瞭然でわかります。しかし、200文字を超える長文になると、このような構造的欠陥に気付きづらくなるというのはご理解いただけると思います。
私は、翻訳が終わった段階で、「色deチェック」という市販マクロを使って対訳表を作成し、訳文チェックを行っています(対訳表は要望があればクライアント様にもお渡ししています)。原稿と訳文を一文ずつ左右に並べてチェックを行うと、別々の文書として比較するより、訳抜けや誤訳に気付きやすいものです。
それでも、200文字を超える原文とその訳文を比較して誤りを見つけるという作業はかなり負担が大きい作業です。この負担は、翻訳者だけではなく、最終的に訳文をチェックする弁理士さん、知財部の担当者さんの負担にもなりますので、全体的なコストを考えると、原稿の文は(もちろん可能であれば)できるだけ短文にすることが好ましいでしょう。あくまで、「誤訳を誘発しない明細書」という視点からの意見です。特許文書の法的・技術的な正確性を損なうことなく短文化を適用できるか、特に特許請求の範囲(クレーム)における短文化の限界について、さらに深く考察する必要があることは言うまでもありません。
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