AI生成特許明細書の評価

　前回のブログ「生成AIが書いた特許明細書（猫用自動給餌装置）」で生成AIが作成した「猫用自動給餌装置」の明細書を紹介しました。私が入力した雑なプロンプトから、それらしい明細書が書き上げられています。

　まず、請求項１について検討してみます。

###

【請求項１】

　餌を貯留する餌リザーバと、

　前記餌リザーバから供給される餌を受ける餌ボウルと、

　前記餌ボウルを撮像するように向けられた撮像装置と、

　前記撮像装置に動作可能に接続されたデータ処理部と、

　前記データ処理部によって実行されたときに、前記装置に、

　　前記餌ボウルの時系列画像を撮像するステップと、

　　前記時系列画像を第１の人工知能モデルで処理して、前記ボウル内の餌の時系列の体積推定値を生成するステップと、

　　所定の期間にわたる前記餌の体積推定値の変化に基づいて、餌の消費ペースを算出するステップと、

　　決定された量の餌を決定された将来の時刻に供給するように分注機構を制御するステップと、

　を実行させる命令を格納する非一時的なコンピュータ可読記憶媒体と、

　を備え、

　前記決定された量および前記決定された将来の時刻は、少なくとも部分的に、算出された前記餌の消費ペースに基づくことを特徴とする、猫用自動給餌装置。

###

　出力結果を読みやすくするために幾つかの改行やスペースを挿入しましたが、文言は書き換えていません。一見すると整った請求項に見えますが幾つかの問題点もあります。

　例えば、「前記装置に、」とありますが、その「前記装置」がどの装置なのか明示されていません。「分注機構を制御するステップ」とありますが、「分注機構」は必須の構成要素なので、命令の目的語として登場させる前に、独立した構成要素としてプリアンブルの部分に導入するべきです。そもそも、この「分注機構」は実施形態の中で十分に説明されていません。

　他の従属請求項も形式的には問題なく書かれていますが、実施形態で十分に開示されていない（サポート用件を満たしていない）と思われる部分も多くあり、このまま出願するには無理があります。請求項５では「餌ボウルの質量を測定するように配置された重量センサ」が追加されています。私のアイデアに重量センサは含まれていませんし、そもそも重量を計測するなら、わざわざ餌の画像を解析する必要がないので、このような請求項の追加は、AI自体が本質的に技術内容を理解していないことの証左です。

　実施形態の大半は画像処理（計算）の説明です。決定された量の餌をボウルに供給するメカニズムは説明されていません。この点については意見が分かれるかもしれません。

　本発明では分注機構自体は既存の技術を利用するので、この部分を（過度に）詳細に説明する必要はないかもしれません。周知の分注機構の説明を詳しく書いて、肝心の処理の説明が不足してしまってはいけません。新規性／進歩性の根拠となりそうな処理の説明に多くのページを割くという姿勢自体はある程度妥当だと考えられます。しかし、この処理の説明も、与えられたプロンプトのキーワード（「カメラ」「AI」）から確率的に関連性の高い技術（「体積推定」「NeRF」「行動分析」「YOLO」）を連想ゲームのように繋げているだけであり、合理的な工学的設計プロセスを経ているかは疑問です。

　知り合いのベテラン弁理士さんにもご協力いただいたところ、「猫用自動給餌装置」の明細書には上記以外にも多くの問題点が見つかりました。AIは、自信に満ちた流暢な専門用語と学術的な引用を駆使することで、一見すると信頼性の高い技術文書を生成します。これは、専門家でない読み手を欺く「もっともらしい虚偽（Fluent Nonsense）」です。AIは、技術文書がどのような「形式」で書かれるべきかを学習していますが、その記述に必要な工学的・科学的な「実体」を理解していません。

　上記のような問題点は、より詳細なプロンプトを用意すること、あるいは、「明細書の問題点を検討し、改善するプロンプトを作成してください」などという指示でプロンプトを再生成し、AIに明細書を修正させることである程度は改善されました。これらの実験については量が膨大になるので本稿では割愛します。

　そもそも、これはあくまで実験であり、公開型AIに出願前のアイデアを流すことは重大な職業倫理違反です。ローカルLLMを構築し、そのローカルLLMの性能を検証しない限り、AIによる明細書生成などは机上の空論です。

　但し、倫理意識の低いパテントトロール集団が、情報漏洩など気にすることなく思い付きレベルの発明をどんどんAIに読ませて明細書を量産して出願し、特許業界を混迷させる……なんて未来は十分あり得るかもしれません。

　次回のブログでは、この「猫用自動給餌装置」を作成するためのAIの思考プロセスの問題点を解説する予定です。